不況がきてもお金がなくてもびくともしない、この暮らし
2007年12月07日

昭和30年代の秋田の農村の暮らしは、物凄く質素で素朴で贅沢な暮らしであった。すなわち、自給自足と助け合いの暮らしである。特別に難しいことではなく、誰でも出来る極めて簡単な暮らしであった。その分、村の人々はお金を貯金していたの?そうではな...
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2007年12月05日
怖い都会、に行く勇気よりも、生まれ育ったふる里を離れる事のほうが、10倍も20倍もの勇気が必要であった。雪国の子供達は忍耐強くて打たれ強い。その強さが、大都会に出た時にどれだけ通用するのかは、高校を卒業したばかりの若者には知る由もなかっ...
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2007年11月28日

夜行就職列車は無情にも秋田を離れた。 「おらあ、いきたぐね。」みんな心の底で、そうつぶやいたに違いない。それは無理だ。汽車はもう走り出してしまったのだ。そう言えば、上京した先輩の何人かは、ひと月もしないうちに、逃げ帰って来たのを聞かされた...
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2007年11月27日
就職夜行列車は無情にも汽笛を鳴らして秋田を離れた。 車中は薄暗い。同級生達はあまり言葉を交わすことなく、何も見えない窓の外をじーと見つめていた。 何故、みんな秋田駅のホームで、涙ポロポロと泣いたのだろう・・・・。ここで、もう一度考えてみた...
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2007年11月20日

就職夜行列車は無情にも汽笛を鳴らして秋田を離れた。 35年後、私がふる里にUターンするなどとは、本人はもちろん家族も、先生も友人も予想もしなかったし、考えてもいなかったのだから、時の流れは怖い。 秋田県は約70%が森林である。川もある...
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