ホーム移住こだわりスタイル > JOIN大使・赤池孝彦さん

移住こだわりスタイル

“休演”している街と建物を生き返らせる

JOIN大使・赤池孝彦さん

今回のゲストは、JOIN大使であり現代美術家として活躍されている赤池孝彦さんです。赤池さんは現在、群馬県桐生市の街並みを芸術表現の場とするアート・プロジェクト「桐生再演」を主催されています。

今回は、アートを通じて土地の伝統や地域資源を生き返らせるという、その取り組みについてお話をうかがいました。アーティストたちの力によってできる地方交流の新たな姿が、ここにあります。

アートで街を再演させる

私は現在、群馬県桐生市の町並みや、そこにある建物を芸術表現の場とする現代アート・プロジェクト「桐生再演」を主催しています。プロジェクトは1994年に始まりました。初めて聞いた方は「妙な名前のプロジェクトだ」と思われるかもしれません。これは、私たちが制作するアートを通じて、現在は“休演”している桐生の街並みや建物に活気を取り戻し、生き返らせて“再演”させることができたら……という想いがこもったネーミングです。

このプロジェクトは、日本ではまだ少ない私営のアーティスト・イン・レジデンスという仕組みを持っています。ある地域にアーティストが住み込んで制作をする。これによって、アーティスト個々人とそこに住む人とのつながりが生まれ、アーティストはその地域にリアリティを感じることができる。そして作品を発表することで、地域にアートが芽吹くとともにエリアの活性化にもつながる……。これがアート・プロジェクトです。欧米では盛んに行われていますが、日本ではまだまだレジデンス施設は多くありません。

石やレンガ造りの建物が多く、古い時代から町並みが変っていない欧米の都市と比べて、木と紙を中心とした建築文化を持つ日本では、「古い町並みが残りにくい」という点が、日本でアーティスト・イン・レジデンスが普及していない一因かもしれませんが、もちろん日本でもできないわけではありません。私たちは桐生の地で、これをなんとか実践してきたつもりです。

桐生とのつながりはなかった

桐生は、かつて織物産業で栄えた街です。いまでも古い街並みが立ち並び、趣のあるノコギリ屋根の織物工場が各所に残っていますが、実は私をはじめとするプロジェクトの関係者は、「桐生再演」に取り組むまで、この街とは無関係でした。関係者の故郷だったとか、特に思い入れがあったというわけではないんです。

以前、東京・両国駅の古い駅舎を利用したプロジェクトに取り組んだことがありました。その時に、たまたま訪れていた桐生の人が「こういう古い建物なら、桐生にいくらでもあるよ」と言ってくれたのがきっかけでした。そうして後日、桐生を訪れてみてこの街並みを知ったわけですから、「地元の芸術家が地域の活性化を目指して……」という話ではないんですよ。実はこれ、たまに誤解されています(笑)。

たとえば、いまはプロジェクトの中心的スタジオ兼インフォメーション・センターになっているこの森芳工場も、もともと知己だったオーナーから借りた建物というわけではありません。1970年の廃業以来、廃工場として放置されて荒れていた工場の前で、草刈りをしていたオーナーの方と出会って話をしたことがきっかけで使わせていただけるようになったんです。

廃工場の再生もアートのパフォーマンスに

廃工場だったころの森芳工場は、ひどく荒れていましたね。梁も折れていましたし、オーナーの方は取り壊して駐車場にしようかとおっしゃっていたくらいの状況でした。
だからこそ、私がこの廃工場を借りたい、滞在して制作をしたいと言った時に「好きなようにしていいよ」と言ってもらえたんです。

でも私は壊すために工場を借りたいわけじゃありませんでした。さっそく汚くなっていた工場内を片付けて外観を全部塗り直して、壁や屋根の穴をふさいで、窓から射し込む光を見せる空間としてのアートを表現してみようとしたんです。
その結果、工場は、オーナーから「建て直したんじゃないの?」と言われるくらいになりました。それどころかオーナーは最終的に、工場をただ取り壊すのではなく、今後も使えるように全面的な改修工事を行うことさえ同意してくれました。工場をいったん解体し、骨格は残しつつ再生するという作業は2003年に行った「桐生再演9 森芳工場リノベーション・プロジェクト」というパフォーマンスにつながりました。

このように、私たちがやっている、特定の空間を利用するインスタレーションというアートでは、制作や発表をするための場所が必要です。ですが他人の所有物である建物や土地をただ「貸してください」と言っても、なかなか同意は得られません。そこには、地元の人や行政側との信頼関係が必要になってくるからです。

“休演”している街と建物を生き返らせる

建物や土地のオーナーさんたちからの信用を得るために大切にしているのは、一度借りて使わせてもらったら、以前よりもかなり綺麗にしてお返しする……ということでしょうか。使いっぱなしではなく、綺麗にして返すことで信用をいただき、その後も利用させてもらえるようになりますし、他の方への取り次ぎをお願いすることもできます。

中には、「アートをしたいから建物を借りたい」と言っても顔をしかめてしまうオーナーさんに向かって、「アートをしたい」ではなく「掃除をしますよ」という言葉で口説く場合もありますけどね(笑)。
94年に始まった「桐生再演」は、2008年10月に第14回目を迎えました。その間、一時の栄華を終えて“休演”していた建物を、少しずつ“再演”させてきました。建物単位で、桐生の街を少しずつ生き返らせてきたつもりです。でも、私たちは「地方交流」や「町おこし」を最終目標に掲げて活動しているわけではありません。ただのアーティストである私たちには、これ以上のことはできません。もちろんプロジェクトには地域の方のほかに行政の方も関わってくれていますから、できる限りの協力はしますが、町おこしのために必要な次の工程は、他の方に任せたいと思っています。

私たちがまず、廃工場を綺麗に生き返らせる。その後は、たとえばビジネス系の人にバトンタッチしてその建物を使ってもらうことができればいいなと考えています。

交流を続ける生き方が性に合っている

今、私はこのプロジェクトの進行のために毎月桐生へ来ていますが、住まいがここにあるわけではありません。住まいは千葉で、東京や福岡にも“仕事の場所”があります。さまざまな仕事のたびに各地を飛び回っているような状況です。

トータルで考えると、一番長く滞在しているのは桐生ですが、実はここに移住したいという気持ちはないんです。いずれどこかに落ち着ける状況になったら、都会ではなく田舎を選びたいなという気持ちは確かにありますが、いざ「どこがいいか」となると、どこも頭に浮かんできません。それどころか「ずっと住んでいたいと思える場所に、いつかは出会えるんだろうか?」と感じることさえあります。

田舎には、都会に住んでいて感じるイヤなことが少ないと思います。たとえば街を歩く人の多さや満員電車、道路の渋滞がないのは快適です。だから地方を好む気持ちはあるのですが、一方で頭の中に「理想の地方像」がないからこそ、こういう考えになってしまうのかもしれませんね。
どうやら私はどこかに移住するというよりも、その時々の気持ちや事情に応じて交流を続けていく生き方のほうが性に合っているのでしょう。そして今は、それでいいと思っています。

「桐生再演」公式ホームページ http://www.kiryusaien.com/

→メールマガジン購読お申し込みはコチラ

今月のプレゼント

このページのトップへ