
ジオラマアーティスト・田村映二さん

今回のJOINコラムにゲストとして登場していただいたのは、ジオラマアーティストとして活躍されている田村映二さんです。東京でたくさんの仕事に追われる毎日に「疲れちゃった」と、生まれ故郷である沼津にも家を建てたのが約10年前。以来、二地域間居住を試みてはみたものの、沼津にいる時間が増え続け、「いまや東京の部屋はほとんど使っていません」という田村さんに、その暮らしの魅力を語っていただきました。

「東京にずっと住みたいわけじゃない。いつかはのんびりとした田舎で暮らしたい」
グラフィックデザイナーを経て、ジオラマを作るイラストレーターとして東京で活動をしている間、僕はずっとそういう気持ちを抱えていました。結婚をして東京にマンションを買ってはみたものの、「じゃあずっとそこで暮らし続けるのか?」と考えると、「やっぱりそれはイヤだなあ」という感覚があったんです。
東京では、マンションの10階に部屋を持っていて、同じ建物の8階に仕事場を借りていました。つまり生活のほとんどはマンションの高層階を行ったり来たりするだけで完結してしまう。仕事はずっと忙しい状態が続いていましたから、そういう毎日に疲れていたんです。
ならば、どこかに別荘感覚で使える家を建ててみるか……そう考えた時に候補として真っ先に頭に浮かんだのは、生まれ故郷である沼津のことでしたね。
生まれ育った実家のそばに、僕は家を建てられる程度の土地をもらっていました。そこに快適に暮らせる家を建てて、週末だけ使うような生活をしてみたらどうだろうと考えたんです。

沼津に新たに家を建てようと具体的に考え始めたのは、およそ15年前のことでした。
すでに土地を持っているから、あとは建物を作る費用だけで済む、という金銭面の事情もありましたが、沼津を選んだ第一の理由は、やっぱり「沼津が好きだから」という点に尽きます。
海が近く、山もある。富士山のふもとで落ち着いた空気を吸える沼津は、大好きな土地なんです。中には「生まれ故郷に戻るのはイヤだ」という人もいるかもしれませんが、僕にはそういう感覚はまるでありませんでした。
そんな環境でありながら東京から近いというのも理由のひとつです。当時は「東京を完全に捨てたら仕事がなくなるかも……」という恐れにも似た気持ちがありましたから、東京とすぐに往復できる距離だったことは大きいですね。
もし生まれ故郷が九州や北海道だったら、いくらそこが素晴らしい土地だったとしても、おそらく違う展開になっていたでしょう。

東京のマンションを売って「移住」するのなら経済的には楽にできたかもしれませんが、その勇気がなかった僕は、マンションの支払いが終わるタイミングを待って計画を実行に移しました。とはいえ、短時間でパパッと家が建ったわけではありませんでした。
まず時間がかかったのは建築家探しですね。実はこれに2年近くかかりました。どんな人にどんな家を注文するかはとても大事なことですから、いろんな資料を読んで勉強しましたよ。
最終的に、サーファーでもあった佐賀和光さんという方にお願いしたんですが、その前に佐賀さんが手がけた他の物件についても丹念に調べ尽くしました。
僕は、仕事を頼まれるときに「おまかせで」と言ってもらえるとありがたく感じます。だから彼にも家のデザインは「おまかせ」したいと思っていました。でも、彼がどんな家を好むのかを知っていないと、そういう注文はできません。そのための勉強というわけです。
この家のテーマは「光と風」です。中庭や吹き抜けのスペースから、一日中光があふれていて、沼津の風も感じられる家。10年住んだ今も、まだまだ飽きがきません。本当にいい家を建ててもらいました。

たまの週末に東京を逃げ出して、快適な空間で仕事をしたりくつろいだりしたい……これが当初の考えでしたが、その計算はもろくも崩れ去りましたね(笑)。
最も大きな計算違いは、東京にまったく戻らなくなったことです。妻も僕も、すっかりここでの生活が気に入ってしまって、いまや東京の家はほとんど使っていません。たまに打ち合わせで東京に出向いた時も、日帰りしてしまうくらいです。
沼津の快適な家で仕事をするようになると、徐々にゆったりとしたライフスタイルになってきたのにくわえて、東京にいたころのものとは違った誘惑が増えてきました。
なにしろ我が家は、建築家が「ビールがおいしく飲める場所をたくさん作った」と太鼓判を押してくれたような物件です。南国風のインテリアを飾ってハワイアンなBGMを流している家の中にいると、「ちょっと休憩しようかな」「ビールが飲みたいな」という誘惑を振り切るのが大変なんです。

誘惑が増えてしまった、という以外にも仕事への影響は出ています。以前は企業に頼まれて広告用の作品を作る仕事が多かったんですが、いまは自分の作家性を前面に出した活動が多くなってきました。
頼まれた作品をハイペースで作るだけではなく、自分の内側からわき上がってきた作品を積み上げていく、自分の作品を「深める」という感覚を大切にするようになったんです。
最近は家からすぐの海岸を散歩するのが趣味で、そこで漁師さんと仲良くなって一緒に地引き網をしたりもするんですが、その海岸に落ちていた流木や小石を使った作品も作っています。沼津に住んでいるからこその作品というのも、作家性の一面になっているんです。
数年前、家の近所に倉庫を借りて、ギャラリーのように使い始めました。倉庫の前には広いスペースもあるので、そこにはハーブを植えたり、木の上に鳥小屋を作ってみたり、仲間を集めてバーベキューパーティーをしてみたり……。こうしたことも、家賃の高い東京では出来ないことですよね。
沼津ではこうして楽しく過ごせていますから、今のところ、生活拠点を東京に戻す気はありません。もちろん東京をはじめとする各地での展覧会などは続けていきますが、拠点はあくまで沼津に置いたまま、作家活動を続けていきたいと思っています。
いつか沼津の海辺に、作品のギャラリーを兼ねたオシャレなカフェを作ってみたいとも考えているんです。まだ現実味はありませんが、散歩をしながら「ここ、いいなあ」と思っている場所も、実はあるんですよ(笑)。