インタビュー隊員インタビュー

松野町の上家路に移住し、結婚し、現役活動中に子供ができました。

Vol.97 愛媛県松野町【現役隊員】    -   兵頭 耕平 さん お返しするものがないから、この里で農業再生をはじめた

Q1. 地域おこし協力隊に応募したきっかけを教えてください。

いまから3年前、奥さんと結婚のことを考えていました。結婚して住みはじめるのにふさわしい場所はどこか? 大いに悩んでいました。そんな折、高校からの親友で、1年先駆けて松野隊にいた清野栄太郎くんから「松野町いいよ」と声をかけてもらいました。下見に訪れた時泊まった、目黒の里の「あざみ野」、上家地の里の「おんごく」という農家民宿が本当によくて、これはもう結婚生活は松野で、上家地ではじめるしかない。そのためには松野の協力隊として活躍するしかないと強く願うようになりました。もとより松野町は県内でも最も奥まった町。上家地はさらにその深奥にある隠れ里です。勤め先へ出るのも買い物へ行くのも山を縫う細道を登り降りして行かねばならず、それは不便です。しかし便利であることより価値あるものがここにはたくさんあります。この場所で結婚して、子供も生まれて、里の人々に喜んでもらえたことは、大きな手応えを感じています。

親友の清野くん(左)が僕と松野を結んでくれました。ともに活動した大塚くん(中央)と。

親友の清野くん(左)が僕と松野を結んでくれました。ともに活動した大塚くん(中央)と。

協力隊に着任してまず結婚、ついで子供が生まれました。

協力隊に着任してまず結婚、ついで子供が生まれました。

Q2. 日々の活動内容や嬉しかったこと、大変だったことを教えてください。

この里で暮らしていると、保存食や米、野菜など、たくさんのものをいただきます。いただいた以上、お返しをしたくなる。ところがこっちは差し上げるものがない。それで自分たちもなにか作ってみよう、となる。そこで近隣の畑の隅を借りて野菜を作ってみる。すると様々な人からやり方を教えてもらう。そのうち様々な交流が生まれる。すると、どうせならちゃんと勉強して作ってみたらどうなんだ、という話になります。ゆえに今、里一番の農家さんから指導を受けつつ米、ゆず、野菜の栽培に取り組んでいるのです。いま師と仰ぐその農家さんは、この町の農業を代表するような人。素人だった僕が、任期3年目にしてまがりなりにもこの人について行けていると思うとき、感謝したいのははじめの2年目まで、松野農林公社のアグリレスキューで受けた研修の経験です。思えば松野町は、僕のようなものでも農家へたたき上げる準備をしてくれていたんだなと感じます。

町でもトップクラスの実力を誇る農家のもとで勉強しています。

町でもトップクラスの実力を誇る農家のもとで勉強しています。

野菜のほか梅、やゆずなどの栽培に取り組んでいます。

野菜のほか梅、やゆずなどの栽培に取り組んでいます。

Q3. その町の魅力について教えてください。

松野町の上家地には、なにもない場所だからこそ暮らしの知恵があふれ、それがずっと息づいています。天気のいい日には日がな一日里人の薪を割る姿が見られ、薪がきれいに割られるときの、独特の小気味いい音が山々に響き続けます。孟宗竹に干される洗濯物、太陽とざる一枚でできあがっていくさまざまな干物など、昔と変わらない風景と接するたび、そこで暮らす人々のたくましさを感じています。上家地で野良仕事をしていると、こんなに気持ちのいいことはありません。朝、東の山から出た太陽が西の山へ沈んでいく。そのさまを眺めているだけでも感動がある。朝吹いていた風が、昼のある時刻になると、ふと風向きが変わる瞬間があって「あ、いま変わったな」と思う。休憩の時に交わすバカ話も楽しい。いま取り組んでいる水田は、幸いなことに上家地の目抜き通りにあって、里の人のほとんどがここを通るので、みんなが声をかけてくれます。ありがたいですね。

上家路の目抜き通りで稲の栽培。みんなが声をかけてくれます。

上家路の目抜き通りで稲の栽培。みんなが声をかけてくれます。

昔ながらの暮らしがいきづいている、日々感動があります。

昔ながらの暮らしがいきづいている、日々感動があります。

PROFILE /  愛媛県松野町【現役隊員】 兵頭 耕平 さん(2019年9月掲載)

奥さんと
年齢
33歳
着任年月
2017年4月
出身地
愛媛県松山市
前職
カメラマン
隊員になってよかったことは?
幸せになれたこと、成長できていること。

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