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- 注目の特集
- 復興の過程でみえる福島15市町村の可能性〜協力隊で自分なりの働き方を見つける〜
福島県浜通り地域等15市町村では、東日本大震災と原子力災害からの復興の過程で、「地域のこれからを自分の仕事と重ねて考える人」が少しずつ増えてきました。地域おこし協力隊として地域に入り、そのまま起業や就業へとつなげる人。地域課題に向き合いながら、自分なりの働き方をつくっていく人。
この特集では、そんな浜通り地域等15市町村で活動する地域おこし協力隊経験者や現役隊員の声を通じて、地域と関わりながら働くことの面白さや難しさを紹介します。
福島県の太平洋沿岸から阿武隈の山あいに広がる「浜通り地域等15市町村」(いわき市、相馬市、田村市、南相馬市、川俣町、広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、新地町、飯舘村)。
海と山の恵み、港町のにぎわい、里山の暮らし、受け継がれてきた祭りや食文化など、多彩な表情を持つエリアです。自然の近さと日常の便利さが両立しやすい場所として、移住先の選択肢に加える方も増えています。
一方で、この地域は2011年3月11日の東日本大震災、そして東京電力福島第一原子力発電所事故により、暮らしや生業、地域のつながりに大きな影響を受けました。長い時間をかけて、住まい・産業・コミュニティの再生が進むいま、ここには「これまで」を大切にしながら「これから」をつくる挑戦が、日々積み重なっています。新しい仕事や学びの場、地域課題に向き合うプロジェクトも生まれ、地域外から来た人が関われる余地が広がっています。
“見える”デザイン事務所が、地域との距離を縮める
— 南相馬・小高で働くという選択
浜通りで暮らし、働く —— それは「仕事があるから移住した」という単純な話ではない。地域の人がふらっと立ち寄り、何をしているか外から見える。そんな“開かれたデザイン事務所”を拠点に、行政とも民間とも一緒に走り、小さな変化を積み重ねていく。デザイン会社 marutt(マルット)代表の西山さんに、創業の背景、浜通り地域を選んだ理由、そして地域の課題と可能性を聞いた。
西山 里佳(にしやま・りか)
marutt(マルット)株式会社代表。福島県富岡町出身。
高校卒業後に上京し、のちに浜通り地域へ。南相馬市の起業型地域おこし協力隊として活動。卒隊後に、南相馬市小高区で地域に開かれたデザイン事務所兼クリエイティブスペースとして「表現からつながる家『粒粒(つぶつぶ)』」と名付けた事務所を開所。行政・事業者・地域コミュニティと伴走し、対話を重視した広報物制作にとどまらないデザイン支援を行う。
東京からの移住先として浜通り地域を選んだ理由は?
最初から地元に戻るつもりではなく、いろんな地域を見ました。でも2017年南相馬市小高区の避難指示が解除されたばかりの時期に、“これから立て直す場所でデザインの力が必要になる”と思った。そしてこの地域には、リスクを取ってでも戻ってきた人が多い。『好きな場所を良くしよう』『ないものはこれから作ろう』というポジティブな空気があると感じ、南相馬市を選びました。
「地域に開かれたデザイン事務所」として空間的な工夫はありますか?
普通の家だと玄関から一歩入るだけで心理的ハードルが高い。だから、土間をつくり、家の中心まで土足で入れる設計にしました。外から中が見えることも大事にしています。塀を短くして、通りがかった人が“今日は誰かいるな”“何かやっているな”と分かる。入ってこなくても、見えているだけで興味が芽生えると思っています。
デザインの仕事を、地域の人にどう伝えていますか?
デザインって説明が難しい。家族に“看板屋”と思われていたくらいです。でも身の回りの人工物で、デザインされていないものはない。高校などでゲスト講師として話すときも、椅子やペン、コップ――全部が誰かのために設計されたものだと伝えます。デザイナーは遠い職業じゃない、という実感を持ってもらえたら嬉しいですね。
地域の産業や働く人に、デザインでどう関わっていますか?
例えばオープンファクトリーの取り組みを行っています。工場の中にお客さんが入り、職人さんが説明する。職人さんや従業員の方の仕事に対する意識に変化がみられたことがありました。OEM(他社ブランドの製品製造)中心の工場だと、ユーザーが見えず、なかなかモチベーションが上がりにくい。でも、オープンファクトリーでお客さんからの反応を見ることができ、“誰が何のために作っているか”が見えると、誇りや楽しさにつながる。新しい人材を呼ぶだけでなく、今いる人のモチベーションを上げることも大事だと思います。
行政の仕事を受けることがあると思いますが、行政の仕事をするうえで大事にしていることは?
“投げられて終わり”の仕事はしたくないです。取材に一緒に来てもらったり、プロセスを共有したりして、担当者の中にデザイン的な視点が残ることを大事にしています。そうすると、次に別の人へ発注するときも質が変わると思うからです。
「デザイナーはいなくなればいい」と話していたのが印象的でした
極端に聞こえるかもしれませんが、みんながデザインのマインドを持てば、世の中にデザイナーはいなくてもいいと思っています。AIやアプリで“それっぽい”ものは作れる時代だからこそ、何が必要かを取捨選択できる想像力・創造性が大切になる。依頼する側が自分たちの目的を言語化できるようになるのが、いちばんのノウハウ移転だと思います。
事務所を開所するうえで活用された「創業補助金」は役立ちましたか?
地域で仕事を続けていくうえで「場を構える」ことは、覚悟を見せることでもありました。物件取得は自分で行い、リノベーションに補助金を活用しました。3年間の任期の最終年度に申請し、補助金とともに拠点が整い、翌年度から事務所として稼働できました。スピード感の面でも大きかったですね。
事務所を開所してから約5年が経過しますが、浜通り地域は変わりましたか?
変わったと思います。若い人が増え、大熊町などは特に勢いがある。地域によって色が違うのも面白い。南相馬は起業志向の人が多い印象で、浪江町は事業承継の世代が地盤をつくっていく雰囲気があります。
今後の展望をお聞かせください
この地域に古くからある名家が今、空き家になっているので、市役所の方とも連携しながら活用できたら…と思っています。ここに住んでいると、地域の歴史が重要だと感じます。私たちの暮らしは、震災よりももっと昔から続いている精神性や風土の上にあると思っています。だからこそ、震災があっても復興に向かって動き出すことができた。そういった、脈々と続いている考え方やそれらを育んだ環境をみんなに伝えていきたいと考えています。
飯舘村-新生のフロンティア-で地域課題や村のPR、原発事故の風評払拭に取り組む
2011年の原子力発電所事故に伴い、全村避難を余儀なくされた飯舘村。失われたものを元に戻す再生ではなく、新しいものをつくるという新生のフロンティアの地で菓子工房を営み、地域の課題である「村のお土産」を提供し続ける菓子工房cocitto代表の高橋さんにこれまでの経歴や飲食業に関心のある隊員向けのメッセージを聞いた。
高橋 洋介(たかはし・ようすけ)
菓子工房cocitto代表。福島県外の大学卒業後、福島県に戻り、飯舘村の地域おこし協力隊(フリーミッション型)として活動中。村内に菓子工房を構え、村の特産品を用いたお菓子作り・販売を通じて地域の課題や村のPR、原発事故の風評払拭に取り組む。
飯舘村に来た理由はなんですか?
高校まで福島県川俣町にいて、県外の大学で事業経営を学びました。その後、自営業をしている時に福島第一原発の関係者から、2011年の原発事故に伴う風評被害の払拭の活動に携わってみないか、と誘いを受けました。その時は断ってしまったのですが、その後、趣味で有名菓子店巡りをしながら警備会社の営業をしていたところ、やっぱり復興の役に立ちたいと思い、飯舘村に来ました。
地域おこし協力隊になった経緯を教えてください
最初は村内の「道の駅までい館」に勤めていたのですが、その際、飯舘と東京で2拠点生活している方から「飯舘のお土産がないよね」と言われ、地域の課題だと思っていました。
そこで、まずお菓子を試作してみて、また、学生時代に事業経営を学んでいたので、お菓子作りという事業を通じた飯舘村のPR、ひいては復興の役に立ちたいという思いで地域おこし協力隊のフリーミッション型に応募しました。
お菓子工房を創業するにあたり活用された、補助金について教えてください
お菓子屋さんをやるにはどうしても先立つものが必要です。
様々な補助金を検討した中で選んだのが、福島県の「創業補助金」です。店舗の内装のほか、冷凍機械や食洗機などに充てました。自分1人なので、自動化できるものは自動化する必要がありました。
「官民合同チーム」などにアドバイスをもらいながら補助金申請をして、2024年10月に採択されました。申請には様々な資料が必要で大変でしたが、この補助金がなければ店舗のオープンはできなかったかもしれません。拠点を設けることは地元に溶け込むためにも重要なことだと思います。
飯舘村のお土産としてのお菓子にはどんな工夫をされましたか?
村特産のナツハゼを使ったお菓子があります。
フランスのお菓子は「ガトー+(地名)」で表現することが多いのですが、いずれは村にちなんだ「ガトー・イイタテ」という名前のお菓子も出したいと考えています。また、ふるさと納税の返礼品にもなっています。
飯舘村の現在の様子はいかがですか?
川俣町も原発事故で被災しましたが、ここ飯舘村は全村避難を余儀なくされ、現在は戻りつつありますが、まさにこれからという状況です。戻ってきた方も復興していこうという気持ちが強い方々が多く魅力的です。原発事故により失われてしまったものがある、だからこそ次に何か新しいことができるということに注目していかなければいけない。再生というより新生です。
まさにこれからな飯舘村で事業を始めることにした想いには、どのようなものがありましたか?
飯舘村は日本の中でも新生のフロンティアの一つなんです。わたしは新規にお菓子屋さんを始めました。
もちろん、都心で起業する方がメリットが大きいかもしれませんが、ここだからこそできることも当然あります。勇気づけられる人もいるかもしれないし、何よりライバル不在なんです(笑)。
難しいこともあるけど、考え方一つだと思いますよ。
地域おこし協力隊になりたい方へのメッセージをお願いします
将来やりたいことをいかに具体化できるかがポイントだと思います。例えば、特産品があるから何かしたい、と漠然と考えている方は多いのですが、ではそれを具体的にどういうものに加工して、どう売っていくのかを描けている人は非常に少ない。
そして、地域おこし協力隊を募集している地域はどうしても人口が少なく、わたしのように飲食関係をしたいのなら、その地域内だけで経済を回すのは難しい。だから地域外にも売り出す必要がある。販路でつまずく人は多い印象です。販路のための営業力は非常に重要で、隊員の3年の任期中に営業力や事業を立ち上げる力を持つ必要があります。
福島県12市町村での創業・事業展開で最大2,250万円支援 (福島県創業促進・企業誘致に向けた設備投資等支援補助金)
原子力災害で甚大な影響を受けた福島県内12市町村において、創業や事業展開に取り組む対象事業者は、店舗・工場等の整備や設備導入、広報などに要する経費の一部について補助を受けることができます。
<補助内容>
一般的な区域
補助対象経費の上限額:1,000万円、補助率:2/3、補助上限額:666.6万円
特定地域
補助対象経費の上限額:3,000万円、補助率:3/4、補助上限額:2,250万円
<公募期間>
例年3月下旬から開始されます。
(参考)2025年度(第13次公募)公募期間:2025年3月24日~2025年11月4日
被災12市町村での起業・挑戦を、専門家が伴走支援
「この地域で起業したい」「地方で新しいチャレンジをしたい」——そんな思いを持って起業・創業された方を、公益社団法人 福島相双復興推進機構(福島相双復興官民合同チーム)が専門家派遣を通じて力強くサポートします。
<おこなっている支援例>
- 事業計画策定・経営相談
- 商品開発・販路開拓
- 人材確保支援
<地方での新規チャレンジこそ、専門家の力を使ってほしい理由>
浜通り地域では、復興とともに新たなビジネスチャンスが急速に拡大しています。しかし、地方での起業は情報や人材などの課題も多いもの。そこで官民合同チームは、単なる助言にとどまらず、「一緒にやる」伴走支援であなたの挑戦を実現へ導きます。
なお、相談〜支援まで原則無料でご利用いただけます。
浜通り地域等15市町村はまだ復興の途上にあります。だからこそ、地域と向き合いながら、自分なりの答えをつくっていく余地があります。
地域おこし協力隊として地域に関わるという選択。
起業や新しい事業に挑戦するという一歩。
そのどれもが、地域の復興とこれからを支える力となり、同時に、自分自身の仕事や生き方を形づくる経験になります。
「いつか地方で働きたい」「地域に深く関わる仕事がしたい」そんな思いを持っている方にとって、浜通り地域等15市町村が、新たな一歩を踏み出す場所になるかもしれません。





