Interview隊員インタビュー

国土を守る、山と生きる
岩手県一関市 丸谷誠司さん・留奈さん「山も国土。その国土をいかに豊かにして、次の世代へつないでいけるか。」
その言葉は、丸谷誠司さんが徳島県で活動する林業家から受け取った一つの問いです。個人の山でも市町村の山でも、所有の形に関わらず、足元にある自然はすべて国をかたちづくる土台の一部です。その土地を未来へどう手渡していくのか――それが問われています。
誠司さんと妻の留奈さんは、その問いへの一つの答えとして「自伐型(じばつがた)林業」を選びました。広島から遠く離れた岩手県一関市の山間集落へ移住し、地域おこし協力隊として、この息の長い仕事に向き合っています。
自伐型林業とは、個人または少人数のグループが自ら山林を所有または借りて、伐採から販売までを一貫して行う小規模な林業スタイルのこと。環境への負荷を抑えながら森を育て、必要な分だけ木をいただきます。効率や規模を追い求める経済の論理とは異なる時間軸に身を置く営みでもあります。
答えが出るのは、10年後、20年後、あるいは50年後かもしれません。そんな壮大な時間の中で、お二人は手を取り合い、目の前の木と地域、そして自分たちの暮らしに向き合っています。
協力隊としては3年目。理想だけでは語れない林業の現実と、それでも揺るがない自然への想いがありました。

広島県出身。夫婦で自然に関わる仕事をしたいと考え、広島県で自伐型林業の体験に参加したことをきっかけに、林業への関心を深める。2023年、岩手県一関市の地域おこし協力隊に夫婦で着任。 自伐型林業の実践と普及、活動拠点となる空き家の改修、集落の行事への参加など、地域に根ざした活動に取り組む。

Q1. 地域おこし協力隊に応募したきっかけを教えてください。
誠司さん)もともと、自然に関わる仕事をしたいという思いがありました。子どもの頃から山が遊び場で、木漏れ日が苔を照らす光景が、自分の原風景として心の中にあったのだと思います。ただ、転職を考えた時、大規模な林業事業体で働く自分の姿は、どうしてもイメージが湧きませんでした。
そんな中で、たどり着いたのが「自伐型林業」という選択肢でした。広島にいた頃、安芸太田町で自伐型林業の体験会があり、夫婦で参加してみたんです。そこで、環境を守りながら、自分たちの手の届く範囲で山を育てていけるこの形がいいな、と。これなら自分たちもやってみたいと、強く感じたのが応募の直接のきっかけです。
留奈さん)私も、子どもの頃から山に登るのが好きでした。小学校の先生が、転校生が来るとクラスの親交を深めるために近くの山へ連れていってくれるような環境で、自然と山への愛着が育まれていました。いつか、こうした美しい山を育てる仕事がしたいと、ぼんやりと考えていたんです。
Q2. 協力隊の活動ミッションを教えてください。
誠司さん)ミッションは大きく二つあります。
一つ目のメインが自伐型林業です。一関市が開催する研修に市民の皆さんと一緒に参加して技術を学ぶことと、実際に地域の山で作業道をつくりながら林業を実践すること。二つ目のメインが自伐型林業と組み合わせる副業の創出です。この二本柱で進めています。
私たちが取り組む自伐型林業は、一般的にイメージされる大規模な林業とは少し異なります。大規模林業では、大きな機械を入れるために幅の広い大きな道を通す必要がありますが、自伐型では、山への負担が少なく、自然の地形に沿った、小さな重機が通れる程度の道をつくれば十分。“山の身の丈”に合った機械を入れることで、山との調和が取れていく。それが自伐のいいところですね。
山の中に道ができることで、木を運び出すだけでなく、人が山に入りやすくなるという利点もあります。そうすれば、地域の人にとって山がもっと身近な存在になるかもしれない。そんな思いも込めて道をつくっています。
この仕事には、すぐに結果が出ないからこその面白さと、自然が相手だからこその厳しさの両面があります。面白いと感じるのは、例えば道をつくる作業ひとつとっても、ただ土を固めるだけじゃないところ。雨が降った時に、水が自然に排水されるように流れをコントロールするんです。大雨の後の水の流れを見た時に、自分の狙い通りに機能していると、たまらなく嬉しいですね。
ただ、その答えが本当に正しかったかどうか分かるのは、10年、20年、あるいは50年後かもしれない。すぐに結果が出ない気の長い仕事ですが、今できることを精一杯やる。そのプロセスが面白いです。
そして、自伐型林業と副業でなりわいを創出するミッションを実現し、この地に定住する環境づくりの一つとして、自分たちが住む住宅の改修も行っています。提供していただいた空き家で、抜けている床を直したり、寒さ対策で壁に断熱材を入れたりしながら、自分たちで暮らしの拠点をつくっています。

Q3. 活動1年目、2年目、3年目の計画はどのような内容でしたか?
誠司さん)2023年の7月に着任したのですが、1年目は最初はとにかく地域に慣れることと、暮らしの土台を作ることに必死でした。広島と岩手では、気候も文化も全く違いますから。特に大変だったのが家の改修です。
留奈さん)移住してすぐは住む家がなかなか決まらず、地域の「京津畑交流館 山がっこ」に住まわせてもらいながら家を探すという、合宿のような生活でした。9月の終わりにようやく家が決まってからは、時間との戦いでしたね。冬が来る前に、最低限住める状態にしなくてはなりませんでした。
広島と違って、一関市は11月末になると午後3時を過ぎると暗くなりはじめるんです。何もできていないのに、もう外が見えない。焦りと寒さで、気持ちがへこたれることもありましたが、そういう時に二人でいられたのは本当に良かったなと思います。
誠司さん)2年目になって少し余裕ができて、市が主催する経営の勉強会にも参加し、任期後も見据えた学びを深めました。3年目の今、ようやく自分たちが本来やりたかった、作業道をつくるような自伐型林業の実践が本格的にできてきた、という段階です。
Q4. 活動中、自治体・受入団体からはどんなサポートがありましたか?
誠司さん)一関市では私たちが林業ミッションの協力隊第一号だったので、自治体の方も私たちも手探り状態からのスタートでした。そんな中で、市の担当者さんとその上司の方が、とても熱意のある方だったことが、活動を進める上で一番力強い応援になりました。担当課には元森林組合職員の「地域林政アドバイザー」という専門家がいて、いつでも相談できる環境は本当にありがたいです。
留奈さん)月に一度、協力隊と市の担当者とのミーティングを、2〜3時間かけて丁寧に行ってくれます。トップバッターだからこそ、こうして密にコミュニケーションを取る場を設けてくれたのだと思います。それ以外にも、Facebookのメッセンジャーでグループを作ってもらっているので、日々の細かな連絡や相談もすぐにできます。
誠司さん)自治体のサポートも大きいですが、同じ実践者である先輩の存在にも助けられました。岩手に知り合いは誰もいませんでしたが、自伐型林業のネットワークを辿って、車で2時間ほどの釜石市や岩手県北の九戸村、宮城県南三陸町で活動されている先輩方とつながることができたんです。経営の相談もできますし、同じ道を先に歩んできた方々なので、その存在は精神的な支えになりました。

Q5. 活動地である岩手県一関市の魅力は?
誠司さん)一関市も広くてまだ知らないところが沢山あります。先人が手入れを行き届かせた山があることです。私たちが暮らす京津畑集落は、現在40戸、人口は80名を切っていて、高齢化も進んでいます。それでも、皆さんの地域への愛着はとても強い。ちょうど今も、秋の農地の草刈りを集落総出で行っているところです。私たちも活動とは関係なく、住民の一人として一緒に参加させてもらっています。そういうところに、集落の団結力を感じますし、素敵な場所だなと思います。
留奈さん)一関市には人をつなげようとしてくれる温かい土壌があること、それが大きな魅力だと感じています。私たちが協力隊に応募する前に視察に来た時も、市のサポートで協力隊経験者の方を紹介していただき、直接お話を聞く機会をいただきました。
この繋がりは地域の中だけでなく、外にも広がっていきます。例えば、先ほどお話しした自伐型林業の先輩と出会えたのも、一関市での活動が起点になっています。
一関市という場所がハブになって、多様な人々と出会い、学び合う機会を与えてくれる。この環境そのものが、この土地の貴重な財産だと思っています。
Q6. 今後、取り組んでみたいことを教えてください。
誠司さん)まずは、自伐型林業を一緒にやっていける仲間を増やしていきたいです。市の研修に参加した人たちが、研修だけで終わるのではなく、その後もお互いにサポートし合えるようなグループをつくれたらいいなと。
ただ、現実的な課題として、木材の価格が低いため、林業だけで生計を立てるのはなかなか難しい。だから、先輩方も林業と別の仕事を組み合わせたり、木工品などの6次産業化に取り組んだりしています。私たちも、イベントで木工品を販売するなど、少しずつ模索しているところです。
そして任期後もここで暮らしていくために、山の確保、仕事の確保、そして家の確保ですね。この地域はやはり寒いので、健康に長く山の仕事を続けるためにも、温かい家は資本です。できれば、自分たちが山から切り出した木で家をつくれたら理想ですね。地元の木で家を建てるという地産地消の流れが広がれば、「やっぱり木の家はいいね」「杉の香りはいいね」と感じる人が増えるかもしれない。それが、地域の山の価値を見直すきっかけになり、ひいては皆の健康寿命を延ばすことにもつながるのではないか。そんな大きな夢も持っています。
京津畑集落のお母さん方が運営している「やまあい工房」というお惣菜やお弁当を作る農事組合法人があるのですが、高齢化で続けていくのが大変になってきています。いずれは、そういった地域の活動をサポートできるような仕組みづくりにも関わっていきたいと考えています。
留奈さん)一方で、私はまず道具の重さに慣れるまでが本当に大変でした。チェーンソーだけでも4kgあって、燃料を入れるとさらに重くなる。それを支えながら木を切るというのが、力のない私にとっては大きな壁でした。
それに、小柄な体格に合う作業着や安全靴がなかなか見つからなくて。自分なりに膝で重みを分散させる構え方を工夫したり、試行錯誤の連続でした。もし今後、小柄な女性で林業を始めたいという方が現れたら、この経験を伝えてあげたいですし、いつか専用の装備を企画するのも夢です。筋肉も少しずつついて、だいぶ楽にはなりましたが、今も日々、自分の体と道具との付き合い方を探っています。

Q7. 地域おこし協力隊への応募を検討している人にアドバイスを!
留奈さん)まずは一度、その土地を訪れてみることが一番だと思います。できれば何日間か滞在して、実際に住んでいる方とお話ししてみるのがいいですね。ミッションの内容が良くても、気候や文化など、実際に住んでみないと分からないことも多い。もし応募先に同じ協力隊の先輩や経験者の方がいるなら、話を聞かせてもらうこともすごく大切です。
誠司さん)スマートなやり方は、正直よく分かりません。ただ、どんな活動であっても、地道に、目の前の人に、自分が取り組んでいることの意義や熱意が伝わっていくことが大切なのではないかと感じています。すぐに大きな成果が出なくても、そうした日々のコミュニケーションの積み重ねが、少しずつ地域との信頼関係を築いていくのだと思います。
例えば、僕たちの場合は林業ですが、その意義や面白さを目の前の方に伝えていく。それが回り回って、地域全体が山に関心を持つきっかけになるかもしれない。まずは目の前の人と向き合うこと。それが、どんなミッションであっても活動の基本になるのではないでしょうか。
取材日:2025年8月









