Interview隊員インタビュー

三重県尾鷲市の海を望む丘で収穫した甘夏を手に地域ブランド化を進める地域おこし協力隊員

甘夏のある風景を、未来につなげたい

三重県尾鷲市 日下浩辰さん

海の見える家に住んでみたい、という小さな夢から

三重県尾鷲(おわせ)市。太平洋に面した山あいのまちに暮らす、日下浩辰(くさか・ひろよし)さん。
元々は大阪でサラリーマンとして働き、ものづくりの現場で商品開発を担当していました。
「ふと思ったんですよ。“海の見える家に住んでみたいな”って。すごく漠然とした憧れでしたけど」
そんなある日、目にしたのが尾鷲市の地域おこし協力隊の募集情報。
“耕作放棄地となった甘夏畑を再生し、後継者として担ってくれる人を探しています”という文言が心に残り、挑戦することを決めました。

「農業の経験もないし、特別なきっかけがあったわけでもありません。でも、このままサラリーマンを続けて先の見える人生を生きるより、“これが人生最後”と思って、まちの歴史を次の世代に繋げるという挑戦がしたかった」

海の見える家に住みたい。自然の中で、これまでと違う生き方をしてみたい。その思いが、日下さんを尾鷲へと導きました。

日下浩辰さんの顔写真

日下浩辰(くさか・ひろよし)

年齢
54歳

甘夏農家

居住地
三重県尾鷲市在住
活動時期
2021年1月着任〜2025年3月任期終了 ※新型コロナウイルス感染症により活動に影響を受けた地域おこし協力隊員の任期特例により1年延長

大阪府出身。都市部で商品開発の仕事に携わった後、「海の見える家に住みたい」という想いから三重県尾鷲市へ移住。地域おこし協力隊として耕作放棄地となっていた甘夏畑の再生に取り組み、現在も無農薬・無肥料による自然栽培を続けている。栽培だけでなく、ジュースやドレッシングなどの商品開発・販売も手がけ、都市部への販路開拓にも挑戦中。

 

Instagram

あまなっちゃん @amanatsu_tenma

三重県尾鷲市で地域おこし協力隊経験者として甘夏の生産と販売促進を行う日下さんの活動風景

Q1. 地域おこし協力隊に応募したきっかけを教えてください。

子どもの成長や家族の暮らし方を考えたとき、「自然に囲まれた環境でのびのびと暮らしたい」という思いが強くなりました。

大阪で商品開発の仕事をしていたのですが、ある程度やり切ったという気持ちもあり、次は「どう生きていきたいか」を真剣に考えるようになったんです。

そんなとき、とある記事で尾鷲市の地域おこし協力隊の募集を目にしました。そこには「海の見える家」「甘夏の耕作放棄地再生」という言葉が並んでいて、とても心を惹かれました。
農業の経験はまったくありませんでしたが、「これは面白そうだ」と感じて、すぐに応募しました。

現地に見学に訪れた際、任された畑が草木に覆われて森のようになっていたのですが、逆に「この状態からなら自分の手で作っていけるかもしれない」と、フロンティアスピリットのような前向きな気持ちになりました。

Q2. 協力隊の活動ミッションを教えてください。

1つ目が、尾鷲市の特産品である「甘夏」の耕作放棄地を再生させること。
2つ目が、甘夏の6次産業化に向けて新商品の開発をすること。
3つ目が、尾鷲市の特産品としての「甘夏」の認知度を向上させること。

この3本柱が、協力隊としてのミッションでした。

私が任された甘夏畑は、数年間放棄されていた場所で、雑草が生い茂り、360本もある甘夏の樹々も元気をなくしていました。
農業未経験だったため、剪定や草刈り、水やりなど、ひとつひとつを地域の方や専門家に教わりながら進める日々でした。
その中で、「道法スタイル」と呼ばれる農業技術を提唱する指導者を市の職員が紹介してくれたのを機に、肥料も農薬も使わない自然農法に取り組むようになったんです。
木の力を信じて育てていくこの方法は、最初は不安もありましたが、徐々に木が応えてくれるようになり、大きな手応えを感じています。

収穫した甘夏を使って、ジュースやドレッシングといった加工品の開発・販売にも取り組んでいます。
これまでの商品開発の経験を活かして、「原料からつくるものづくり」ができるのは、この仕事ならではの魅力だと感じています。

また、地元の小学校と連携し、収穫体験を実施したり、給食に甘夏を提供する取り組みも始まりました。
驚いたのは、最初は地元の子どもたちが甘夏を知らなかったこと。でも今では「これ、甘夏だ!」と声をあげてくれるようになったんです。
地域の中に少しずつ甘夏が根付いてきたと感じる瞬間でした。

出荷作業の効率化を図るため、クラウドファンディング※で選果機を導入しました。
任期後も甘夏農家として継続していくための基盤づくりにも力を入れており、次にこの地で挑戦したい人が現れたときに、少しでもハードルが下がるような環境を整えたいと思っています。

※HIOKOSHI(ヒオコシ)
https://camp-fire.jp/curations/hiokoshi
地域おこし協力隊の活動に応援と資金を集めるクラウドファンディング

 

自治体と協力して甘夏畑の維持と次世代への継承を目指す三重県尾鷲市の地域おこし協力隊経験者

Q3. 活動1年目、2年目、3年目の計画はどのような内容でしたか?

先に述べた3大ミッションを3年間で達成させるために、どう進行させれば良いかを初年度に考えました。

コロナ禍の特別措置により任期期間を約1年延長させたのですが、最初の約3年はほぼ収穫はせず、甘夏畑の再生に取り組みました。
着任したのは2021年の1月ですが、その年の3月には甘夏の実がなっていて驚きました。尾鷲市は雨が多い土地ということもあるのか、耕作放棄地といえど、甘夏の木は実をつけることをやめていなかったんです。

それから広大な土地を耕し、未経験だった農業を勉強し、有機栽培に挑戦。着任4年目となる2024年5月に初めてスーパーに出荷しました。
値段をつけてみて初めて、「こんな価格かぁ、大変やな……」と思ったのが正直なところです。それでも、“オーガニック”という付加価値を売りに、尾鷲市の甘夏の復活に向けて必死で邁進しました。

Q4. 活動中、自治体・受入団体からはどんなサポートがありましたか?

「甘夏の歴史の復興と、耕作放棄地の再生、商品開発、認知向上までを担う」という自分のミッションがそのまま尾鷲市の方針でもあることで、尾鷲市水産農林課と二人三脚で行うことができて、非常に力強い後押しとなりました。

また、農業を知らない私をサポートする為に、三重県尾鷲農林事務所、紀州地域農業改良普及センターからの絶大なるバックアップを受けました。
なんとか「私を成功に導きたい」「尾鷲甘夏を再興させたい」という皆さんの共通の思いから充実したサポートを受けられたことは、私が途中で諦めなかった大きな理由です。

さらに、尾鷲市で有機農業産地づくりを推進する国の補助事業が始まったことで、有機農業という新たなチャレンジを尾鷲市全体で取り組むという強い意志が示されたことと、有機農業に取り組む「Tsuna-Goo(ツナグ)」という若手農業者グループも結成され、モチベーションが上がりました。

さらに、着任中の2024年1月、尾鷲市が「オーガニックビレッジ宣言」を出してくれたことも後押しとなりました。「オーガニックビレッジ宣言」とは、有機農業の生産から消費までを一貫して地域ぐるみで推進していくことを、市町村が宣言すること。三重県では初の試みでした。

協力隊の任期終了後も、「オーガニックライフスタイルEXPO」などでのイベント出店に声をかけてもらったり、有機農業に共感してくれる企業の販路開拓に協力してくれたりと、よい関係値が続いています。
とにかく私一人では、おそらく諦めていたかもしれませんが、尾鷲甘夏復活を夢見るたくさんの方が、サポートしてくださったおかげで今があります。

三重県尾鷲市の地域資源である甘夏の加工品開発を通じて地域活性化を図る協力隊経験者

Q5. 活動地である三重県尾鷲市の魅力は?

尾鷲は、山と海が近く、自然がとても豊かな町です。
特に水が豊富な土地で、夏場に雨が多く降ることで甘夏の酸味が落ち着き、まろやかな味わいになります。
実際に食べてもらうと「甘夏なのに酸っぱくないんだ」と驚かれる方も多く、それがこの地域の甘夏の魅力だと感じています。

もうひとつの大きな魅力は、人のあたたかさです。
移住者に対してもとてもフラットに接してくれて、「なんかあったら言ってな」と気軽に声をかけてくれる方がたくさんいます。自然体で受け入れてくれる雰囲気があって、本当に暮らしやすい環境です。
協力隊に着任した直後も「尾鷲によく来てくれたね」と好意的に迎えてくださったのが嬉しかった。これは尾鷲市の先輩隊員たちがよい関係性を築いてくれていたからでしょうね。
地元の方々との信頼関係を育てるためには、「自分は地域おこし協力隊として、地域のためにやってきた」という意識をしっかり持つことが大事だと思います。

また、都市部の方を対象にしたワーケーションの受け入れも行っていて、収穫体験や自然の中での農作業そのものが、都市生活者にとっては価値ある“コンテンツ”になっていると感じます。
ただ“見せる”のではなく、“体験してもらう”ことで、尾鷲の一次産業の魅力をもっと多くの人に伝えていけたらと思っています。

自然と共に働き、暮らすことの心地よさを、ここ尾鷲で感じながら過ごせるのは本当にありがたいことです。

Q6. 今後、取り組んでみたいことを教えてください。

尾鷲市は「甘夏」という特産品があるのに、僕が着任した当時、地元の小学生は「甘夏」という言葉すら知らなかったんです。
それが、市と協力して地元の小学校と連携し、収穫体験を実施したりするうちに、学校の給食で甘夏が出るようにまでなった。今では子どもたちも「甘夏だ!」と喜んで食べてくれますよ。
地域の中に少しずつ甘夏が根付いてきたと感じる瞬間でした。

ただ、せっかく甘夏の文化が復活したといっても、僕が農業を引退して、また耕作放棄地に後戻りしてしまったら意味がない。自分一人が個人として動くだけでは、同じ道を辿ってしまう。
そうならないためにも、起業して後継者を育てるのか、どうするか……。尾鷲の「甘夏」が持続可能な文化となるように、今自分が何ができるのかを考え続けているところです。

最近、出荷作業の効率化を図るためにも、クラウドファンディングで選果機を導入したんです。僕が独占するのではなくて、甘夏農家同士で共有できるような仕組みを作りたい。
次にこの地で挑戦したい人が現れたときに、少しでもハードルが下がるような環境を整えるために奮闘しています。

三重県尾鷲市の地域おこし協力隊経験者である日下さんは収穫体験などの受け入れも行っている

Q7. 地域おこし協力隊への応募を検討している人にアドバイスを!

「地域おこし協力隊」は、自分の夢を叶えるためだけの制度ではないんです。

もちろん、“自分が一体何がしたいのか?”という思いも大切です。
でも、「地域おこし」という言葉がついているくらいですから、“自分が主体で、地域のどんな課題を解決できるのか?”という点を、深く考える必要があると思っています。

そのためには、自分の自己分析を行って、経験値と強みをはっきりさせることが大切です。
任期は基本的には最長3年間しかないわけですから、その3年間を大事に、強い思いを胸に頑張ってください!

 

取材日:2025年5月

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